
まるちゃんこんにちは!当ブログ運営者のまるちゃんです。
この度は、数あるサイトの中から、このブログを訪れていただき、本当にありがとうございます。
「コンプレックスがあっても、失敗ばかりでも、幸せに生きていける」
これが僕の伝えたいメッセージです。
このページでは、当ブログのコンセプトと僕のプロフィールを紹介します。
当ブログのコンセプトと運営方針
コンプレックスがあっても、失敗ばかりでも、幸せに生きたい!!!



そんな想いを胸に抱きながらも、気づけば”自分には何の取り柄もない”と諦めてしまっていませんか?
このブログは、そんな”コンプレックスを抱えながらも頑張っているヒト”を応援する場所です。
インターネットが普及した今、これまで見えにくかった問題が顕著になっています。
たとえば、誰もがSNSで華やかな成功談を発信しますが、その裏側にある失敗や挫折という「見えないハンディキャップ」は、なかなか表に出てきませんよね。



また、副業に挑戦しても、その失敗談はほとんど語られないものです…。
だからこそ、かつての僕と同じように、会社員と副業、子育ての両立に悩む30代に向けて、このブログを書いています。
- もともと仕事でやる気があったのに、環境や失敗で自信を失った
- 家族との時間を犠牲にしない働き方を探している
- コンプレックスがあって、自分には何もできないと思い込んでいる
- 副業に挑戦したいけど、失敗が怖くて一歩が踏み出せない
もし、あなたがこの状況に少しでも当てはまるなら、このブログはきっとあなたの役に立てるはずです。
このブログは、過去の僕のように「わくわくする人生を取り戻したい」と願うあなたのために書いています。



僕自身が、失敗を繰り返しながらも諦めずに実践してきた「会社員+副業で失敗しないためのロードマップ」を、下記の3つのステップに沿って発信していきます。
このロードマップは、僕の挑戦であり、誰かの希望でありたい。
一つひとつのステップを、実体験をもとに記事にしていく、絶賛作成中のブログです。
このブログを通じて、あなたがコンプレックスを”武器”に変え、心に「余裕」を取り戻すためのヒントを届けていきたい。



「コンプレックスがあっても幸せに生きていける!」と胸を張って言え、人生の舵を取り戻す、その一助となれたら幸いです。
なぜこのブログを始めたのか
僕は医療専門職として働きながら、妻と娘と一緒に暮らしています。
しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
25年間、吃音症というコンプレックスと向き合い続け、大学院中退、FXで莫大な損失、8種類以上の副業を経験。
それでも諦めずに地道に挑戦を続け、今こうしてブログを通じて情報発信をしています。
僕のような遠回りした人生でも、確実に前に進むことができる。
その体験をお伝えしたくて、このブログを立ち上げました。



このブログでは、同じように悩んでいる方へ、僕の失敗と学びを包み隠さずお伝えします。
僕の経歴・経験
- 会社員歴9年
- 一児(長女:2歳)の父
- 医療系の大学院進学と中退
- 成人吃音グループの代表を8年間経験
- 3級ファイナンシャル・プランニング技能士
- 吃音のある言語聴覚士として講演会登壇やメディア出演経験あり


副業実績


現在の取り組み
- 1日30分から3時間の副業時間確保ノウハウを確立
- ブログ記事は30記事以上を更新(2025年8月現在)
- 家族との時間を大切にしながらの副業スタイル実践中
- 年間100万円以上の貯蓄や投資を9年間継続中
- 平屋のマイホームを建築中(2025年12月に完成予定)



数々の経験と失敗を乗り越えて、今があります。
僕が大切にしている理念と価値観
僕が大切にしている理念・価値観は下記の通りです。
- 小さな積み重ねが、やがて大きな変化を生む
- 自分が幸せであれば、家族も幸せにできる
- 遠回りした道にも価値がある
- 学びや経験が人生の選択肢を広げる
- 遠回りや失敗は誰かにとっての近道になる
とくに、「遠回りや失敗は誰かにとっての近道になる」は僕が一番大切にしている考え方です。
何より、コンプレックスがあっても、失敗を重ねても、それは誰かの希望の光になる。
僕の25年間の経験からも、それは間違いないと確信しています。
自分で言うのもおかしいかもしれませんが、妻と娘に囲まれて、とんでもなく幸せな毎日を過ごしています。
こんな僕ですが、小学生の頃から吃音症のせいで将来が不安で不安でたまりませんでした。
- 言葉がうまく話せない自分に友達はできるのだろうか
- 吃音があっても彼女はできるのか
- 結婚なんてできるんだろうか
- 電話ができないのにバイトはできるのだろうか
- コミュニケーションが苦手でもお金は稼げるのか
- 人前で話す仕事なんて絶対無理だろう
- 社会人として働けるんだろうか
数えきれないほど悩み、自分を責める毎日。
「コンプレックスがある自分の人生って、楽しくなることあるのかな…」
しかし、出会いと言葉によって何度も立ち上がってきました。
これ以降には、僕のストーリーを語っていきますね。
この体験が、あなたの悩みを解決するヒントになるように本気で書いていきます。



少しだけ恥ずかしい部分もありますが、同じ悩みを持つあなたの参考になれば嬉しいです。
運営者「まるちゃん」の生い立ち
吃音症とともに生まれた僕の人生


僕は1994年4月、広島県のごく普通の家庭に生まれました。
3人兄弟の真ん中で、2歳上の兄と5歳下の弟がいます。
幼い頃から感じていたのは、自分だけが「違う」ということでした。
兄と弟は勉強もスポーツもでき、秀才。
そんな二人に挟まれた僕は、いつも中途半端で、何をやってもパッとしない子供でした。
「なんで自分だけ普通じゃないのか…」
この言葉が、幼い僕の口癖でした。
小学3年生の春、転校先での自己紹介の時間がやってきます。
僕は立ち上がり、深呼吸をして口を開きました。
「ま、ま、ま、まるちゃんです。よろしくお願いします」
教室が静まり返りました。
僕の心臓はバクバクと鳴り、喉の奥に何か硬いものがつっかえているような感覚。
なぜ言葉が出てこないのか。
他の子たちは普通に話しているのに、なんで僕だけ…。
教室の後ろで、数人の子がくすくすと笑っているのが聞こえました。
その声が、僕の胸をグサグサと突き刺します。
それから毎日が地獄でした。
国語の授業で音読の順番が回ってくると、手のひらに汗がにじみ、心臓がバクバクと音を立てます。
頭の中で何度も何度も練習するのに、いざ声に出そうとすると言葉が詰まってしまう。
体は勝手に震え、顔は火照り、額から汗が噴き出します。
クラスメイトたちの視線が痛くて、机の下で握りしめた拳に爪が食い込むほどでした。
「なぜこんな恥ずかしい思いをして授業を受けなければいけないのか」
この疑問が、僕の心を支配するようになりました。
選択肢のない青春時代


中学・高校・大学時代も状況は変わりませんでした。
答えが分かっている問題でも手を挙げることができず、面白い話を思いついても声に出すことができない。
友達との会話でも、いつも聞き役に回り、相槌と愛想笑いでその場をしのぐ毎日でした。
特につらかったのは、友人たちがアルバイトを始めた時のことです。
放課後、みんなでアルバイトの話をしている輪の中で、僕だけが何も言えません。
電話ができないからバイトの応募すらできないなんて、恥ずかしくて言えませんでした。
結局、僕にできたのは短期の土木作業や警備員、年末のおもちをつくバイトだけ。
それも友人に代わりに電話してもらったり、知人の紹介で申し込むという有様でした。
夜、一人で部屋にいる時間がほんとにつらかった…。
「自分は将来本当に働けるのだろうか」
「普通に話せるって、どんな感じなんだろう」
「このまま誰とも結婚できずに一生を終えるのだろうか」
大人になった自分の姿が、まったく想像できませんでした。
社会人になっても続く試練


そんな僕でも、大学4年間は必死になって勉強。
なんとかストレートで国家試験に合格しました。
しかし、社会人になっても苦労は続きます。
入職1年目のある日のこと。
スタッフに患者の情報を伝えようとした時、いつものように言葉が詰まってしまいました。
何度か言い直そうとする僕を見て、そのスタッフはため息をつきながら言いました。
「誰か、この子の言ってることを通訳してもらえる?」
その瞬間、僕の体は凍りつきました。
顔は火のように熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
拳を握りしめて、爪が手のひらに食い込むのも構わず、ただその場に立ち尽くしていました。
「やっぱり僕は、社会人として役に立たない人間なんだ」
帰り道のJRでは声を押し殺して泣きました。
完璧主義が招いた大学院中退


「もっとできることを増やさなければ」という焦りから、働きながら大学院に進学することを決めました。
でも、それは完全に自分のキャパシティを超えた挑戦。
朝5時半起床、1時間半の通勤、8時間のフルタイム勤務。
大学院の日、仕事は半日出勤です。
自宅に一時帰宅し、大学院まで車で移動し、夜遅くまで授業と研究。
帰宅は23時を過ぎ、課題をこなしてから眠るのは深夜2時。
それを週に3回繰り返す生活でした。
しかし…。数ヶ月もしないうちに、僕の心は完全に壊れました。
理由もなく涙がこぼれ、食事も喉を通らず、大好きだったキャンプにも全く興味が湧かなくなりました。
唯一心が落ち着いたのは、YouTubeでクラゲが泳いでいる動画を見ている時だけ。
ふわふわと漂うクラゲの姿を見ながら、「このまま心と体が壊れてしまう…」と自分でも分かっていました。
結局、半年で大学院を中退。
数百万円の学費と時間を失いましたが、今思えばそれは「正しい諦め」でした。
燃え尽きて知った「自分で稼ぐ力」の必要性


その後、燃え尽き症候群となった僕は死んだような目で毎日仕事をしていました。
なんのために働くのか。
何を目標に仕事をするのか。
自分はこの会社じゃないと働けないのか。
いまの会社だからなんとかやってこれたわけで、スキルや実績はほとんどない。
僕は、完全に会社へ依存していました…。
高圧的な上司との関係で自信を失い、転職も考えたけど、恐怖心から「今の会社が一番楽」と逃げてしまった。
大学院進学でキャリアを変えようとしたけど、それも中退。
気づけば、仕事への自信を無くし指示されたことしかできない。
失敗が怖くて、挑戦できないから言われるがままになる。
その結果、重要な仕事は任せてもらえない。
「なんのために働いているんだろう…?」
「自分で稼ぐ力を身につけないと、今のままじゃ本当にやばい…。」
小さな成功体験が、僕を救ってくれた
そんな僕ですが、実は社会人3年目の頃から、地道に「ポイ活」を続けていました。
きっかけは、SBI証券で投資を始めたときの自己アフィリエイト。
「え、こんなことでお金がもらえるの?」
やってみると確かにお金が入ってきました。
それからは歩くや動画、広告を見るなどのコツコツポイ活。
少しずつですが、小さな成功体験が積み重なっていました。
そして、ポイ活開始から2年後。
YouTubeで「ブログ」という副業に出会います。
「これだ!もっと大きく稼げるかもしれない!」
ポイ活で小さな成功体験を積んでいた僕は、もっと大きな挑戦をしたくなりました。
「これだ!」と思い、すぐに副業の世界に足を踏み入れることに。
仕事以外に新しいやりがいを見つけて楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
ポイ活を続けながら、いろんな副業にチャレンジ。
やればやるほどスキルは増え、できることが増えていきます。
会社員とは全く違う楽しさがそこにはありました。
しかし、そこでも僕は数多くの失敗を重ねます。
- ブログは3記事で挫折
- プログラミングは1週間で断念
- せどりは在庫が家に山積みになっただけ
- Webライターは、1日かけて400文字でゲームオーバー
- SNS運用は1000人のフォロワーを集めても収益化できず
- Kindle出版は月1万円稼げたものの、周りと比較して病んでしまう
- ハンドメイドは10個作っても1つも売れず(結局メルカリで販売、笑)
目新しい情報があれば、すぐに飛びつき、結果が出なければすぐに諦める。
中でも最もつらかったのは、娘の初めてのひな祭りの日のことです。
家族で特別な時間を過ごすべき日なのに、僕は一日中Webライターの作業に没頭していました。
妻の両親に買ってもらった小さなひな人形。
そのひな人形を妻が一生懸命飾り、娘の写真を撮っている横で、僕は400文字の記事と格闘している。
しかも、妻には夜な夜な手伝ってもらう始末。
その時、妻に言われた言葉が今でも胸に刺さっています。



副業って本当にしなきゃいけないの?今の子どもとの時間はもう戻ってこないんだよ?
そして、極めつけは自動FX。
最初は順調で、年利30%のリターンを得ていた時期もありました。
しかし、2023年の円安で状況は一変。
毎日600円から800円ずつ資産が減り続け、損切りを繰り返した結果、最終的に260万円以上を失いました。


妻に頭を下げながら損切りをした時のことは、一生忘れません。
一本…また一本と決済するたびに、3万円ずつ僕の資産が消えていきます。
しかし、不思議なことに、全てを手放した時心のモヤモヤが一気に晴れたのを覚えています。
8種類の副業を経験して、僕が気づいたこと
心機一転アカウントを変え、情報発信をして一時的に稼げるようになりました。
しかし、その稼ぎ方が自分の価値観に合わず、1年も経たずに撤退。
8種類以上の副業を経験し、260万円を失って、僕はある大切なことに気づきました。
「いきなり難しいことをやろうとしすぎていた…。」
ブログ、プログラミング、FX、Webライター…どれも最初のハードルが高すぎました。
挫折するたびに自信を失い、「やっぱり自分には無理なんだ」と思ってしまう。
でも、違ったんです。
実は、6年間地道に続けていたポイ活が、一番の土台でした。
あの時の「自分の力で稼げた!」という小さな自信。
あの時の「考えて、動く楽しさ」。
それを忘れて、いきなり難しいことばかりに手を出していた。
焦らなくていい。完璧じゃなくていい。
まずは、「自分の力でできた!」という小さな自信を取り戻すこと。
それができれば、次のステップが自然に見えてくる。
だから僕は今、ブログやSNSを通じて自分の経験を発信しています。
僕が目指す理想の未来


これまであなたにお話したように、決して順風満帆な人生ではありません。
今でも大勢の前で話すのは苦手だし、電話に出るときは緊張します。
しかし、会社員だけのときより確実に前に進んでいる実感がある。
過去のコンプレックスや失敗、挫折も、今では僕にとって大切な財産です。
この体験が、過去の僕のように「自分には何の取り柄もない」と悩んでいる人たちの希望の光になれば、これ以上嬉しいことはありません。
「コンプレックスや失敗ばかりでも、幸せに生きていける」
このメッセージを、これからも発信し続けていきます。
このブログを通じて、コンプレックスを抱えながらも頑張って生きている人が、自分らしいライフスタイルを築き、心に余裕を持った人生を送れる未来を目指しています。
- 月20万円の副業収入を半自動化する
- 家族との時間を最優先にした生き方
- コンプレックスを強みに変える
- 会社員の安定性を活かした無理のない副業スタイル
僕は、吃音で悩み続け、副業は8種類以上経験、400文字も書けず、FXで260万円以上を失った人間です。
でも今、少しずつ前に進んでいる実感があります。
6年間地道に続けたポイ活という「小さな成功体験の積み重ね」でした。
もしあなたが今、
- もともとやる気があったのに、環境や失敗でやる気を失ってしまった
- 自信がなくて最初の一歩が踏み出せない
- 「このまま一生この会社で働くのか…」と不安になっている
そんな気持ちを抱えているなら、小さな一歩から始めてみてください。
小さな成功体験が、あなたの中に眠っている「もともとの行動力」を、きっと呼び覚ましてくれます。
あなたのコンプレックスも、失敗体験も、すべてが価値のある資産になります。
同じ悩みを持つ人の希望の光になることができる。
僕の遠回りした経験や失敗を形に残して、あなたにメッセージと希望を届けます。
一緒に、「わくわくする人生」を取り戻していきましょう。



当ブログ「選んだ道を信じよう!」では僕なりの考えや思いをお届けしていきます!